スピリチュアル・レポート 綾小路有則の世界

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
  
 
 

用語解説

 
 
  

指月(しがつ)のたとえ

  
 
 
 

 
 
 

 

 
 
 
指月(しがつ)のたとえとは、
 
 
「私は、あの月をあなた方に指し示すことはできるが、
 
 月を見るか見ないかは、あなた方の自由意志に任されている」
 
 
という、お釈迦さまの格言です。
 
 
意訳致しますと、
 
 
 
「私はあなた方に悟りへの方法論を示すことはできるが、
 
 実際に悟れるかどうかは、あなた方の知恵と実践力にかかっている。
 
 私が霊能力を使って、あなた方を悟らせてしまうことは、
 
 あなたの尊い魂修業の機会を奪ってしまうのことになるので許されないのだ」
 
 
 
となります。
 
 
神仏は人類を自身に似せて創造したと言われています。
 
 
それは、姿形を神仏に似せたと解釈している人が多いと思いますが、実際は、神仏は自らの精神の光を分光して人類を造り、自らと同じ「創造の自由」という性質を与えたのです。
 
 
創造の自由とは、自由自在に自分という魂を作り替えていけること、
 
 
自らの意志で自由に考えることができ、自由に行動することができるということです。
 
 
しかし神仏は、
 
 
「もし人間が自由の発揮の仕方を間違えて他の魂を傷つけた場合は、
 
 その責任を取らされる。(地獄での修行)」
 
 
という、厳しい法則も与えました。
 
 
しかし、たった1回の人生で、人間が神仏のような偉大な霊存在になることは不可能です。
 
 
そこで神仏は、人類に転生輪廻という成長し続けるための 無限のチャンス を与えました。
 
 
それは、
 
 
「自由の行使を間違えた場合、死後、地獄に行くことになるが、
 
 間違いに気づいて心から反省し、
 
 地獄という厳しい環境の中で罪を償うことができたなら、
 
 何度でも神仏に向かって成長していく機会が与えられる」
 
 
という永遠のチャンスです。
 
 
「指月のたとえ」には、このような深い意味が込められているのです。